飲み会🍻の存在意義って
飲み会の存在意義って日頃のストレス解消+情報交換って思うんです。両方満たせれば儲けものくらいですが、両方ないって行く意味って…なるよね。
11月に入り、納会や忘年会などのシーズンが始まりましたし、行きたくない飲み会もたまには出てくる。中でもデカい飲み会で必ず一人はいる話し面白くないおっさん。同期や下の子が面白くなくても突っ込めるからそれはそれで盛り上がりようはあるんだけど、おっさんはタチが悪い。
うちの部活にも、先輩ではないんですがいますよ笑後輩たち来年かわいそうだな。
「おれが若い頃は・・・」などの一向に話が面白くなる気配がないオッサンは、一緒にいてもただ時間の無駄だ。それでもその場から逃げられない場合、どうすればいいのか?
まずは脳内回避しろ!
身体がその場にあっても、心は別の場所に移す。適当に相槌をしながらも頭は別なことを考えていれば、時間の有効活用ができる。
しかし心が遠くへ行き過ぎてしまうと、
「ちゃんと聞いているのか!?プンスカ」とオッサンが怒鳴り出す可能性があるからそこんとこも考えないとね。
「なぜこのオッサンの話は面白くないのか?」を分析する
心が遠くへ行きすぎず、かつオッサンの話を真に受けず時間を有効活用するにはどうすべきか。オッサンの話の内容を聞くのではなく、特徴をとらえれば、自分の今後の活動にも活かすことができる。
「つまらない」という材料ができれば、どうすればつまらない話にならずに済むのかがわかる。そして面白いオッサンの話も聞いて、面白いと思う材料もできれば、比較対象ができる。
「ああ、このオッサンは自分の自慢話が多過ぎてつまらないんだ」
「ああ、このオッサンは世の中に対する不平不満ばっかり口にして行動に移してないからイライラするんだ」
こういう分析結果が見えてくれば、「じゃあ自分は人の話を聞きだしながら話せる人になろう」と自分に活かすことができる。
つまらないものを活かしていく‼️
「つまらないもの」をつまらないものとして吸収するのではなく、「つまらないもの」からでも教訓を吸収すると、どんどん自分の知見が増えていく。
これはオッサンの話に限ったことではなく、ブログや仕事、人生そのものについてもそうだ。
「なぜこの人の文章は面白いのか?」
「なぜこの人の文章は退屈なのか?」
「なぜあの人の人生はあんなに情熱的なのか?」
「なぜ自分の人生はつまらないと感じているのか?」
どんなものにも「なぜこうなのか?」と考える癖がつくと、どんどん”面白さ”の正体が見えてくる。
つまらなそうに生きている人を見たら、なぜつまらなそうにしているのか考え、自分に活かす。
自分に活かすことができれば、次は他の人のために活かす。そうすると、身の回りからどんどんつまらない人がいなくなる。周りがみんな笑ってるとか最高の人だよね。
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