テクノロジーとか、アプリとか、色々良いものが揃ってくるとコスパ重視の生活を送ってしまう。ぼくもついついそうしちゃう。
週末に彼女とイタリアンに行った後に「コスパ最高だったね」なんてつぶやいてしまう自分を呪いたくなることもしばしばある。突き詰めるとサイゼリヤになっちゃうじゃん。
なんで呪いたくなるかと言うと、頭一つ抜きん出るためにはコスパ精神は捨て去るべきなんですよねって思ってしまうから。
全生活においてコスパ精神を捨てろとは言わないが、コスパ重視の生活って好きなモノを狭めていく恐れがあるわけです。ぼくの今の人生で言ったら三大欲求をコスパ精神に基づいて過ごすと味気ない人生になっちゃうわけさ。
レビューに踊らされる
ぼくらは何をするにしても、レビューを気にする。外国のことはよくわからないので、日本人のことに限れば、食べログやAmazonの評価を気にする。だれかが先に評価してくれたものに安心して無駄なく生活したいのだろう。日本人は他人の評価を気にする民族ってのも起因してるかも。
もちろん、ぼくも食べログ3.5以上を土日食べるのが幸せだと思ってる。
好奇心の赴くままに行動する事に怖がってしまっている。
猿から進化する過程で一番最初に発揮したものは、好奇心だ。人間の尊厳の中枢には好奇心があるはずなのに、誰かの評価や監視の下での好奇心になんのアイデンティティがあるというのだろう?
暇だったからAmazon primeで名前も聞いたことない映画を見て、個人的にヒットをかますかめっちゃつまんない思いをするのもアリだ。その後の人生で思い出すはず。
病院実習でのお話
ポリクリという名の病院実習はコスパ重視でいくとホント楽に1週間を過ごすことが可能だ。カルテも甘く書き、回っている科の勉強もそこそこに…なんてしていても病院実習は合格をもらえちゃう。
医師の国家試験に合格することだけを考えてしまえば、今では参考書も豊富にあり、MEC,TECOM,medu4などの予備校の通信講座を見ていれば事足りるらしい。
医学部のボードゲームを着実に進めていくだけなら情報力という風にのってヨットをぷかぷかと浮かべておけばよい。
医学の道を志、医学部に入り医学を学んでいくための環境が整っているところで、最大限有効活用しないのはもったいない気もする。
QOLを高くするためのコスパ精神の末路
医学部5年ともなると、そろそろどんな科に進みたいかといった話が出てくる。
内科〜‼️ 外科〜‼️ マイナー‼️
みたいな感じで上手く別れるもんだなと思ってしまう。
ここで出てくる発言の1つに
QOLの高い科
というイマドキなフレーズ。ゆとり世代、もとい、さとり世代にとってみたらブラック労働をさせられる科などハナから考えないということだ。これからAIとか発達していていき、医師が飽和する時代が来るとも言われている昨今にブラック労働を気にする必要はなさそうなのに今から選択肢を狭めるのはもったいなくないか。
そしてQOLを高めた先に何を求めているのか?を明確にしないままだと、残るのは虚無感を含んだ余りある富と余りある時間だ。
コスパ精神に則りQOLを高めた結果に不幸になってしまえば元も子もない。
子供に時間を充てたいとか、趣味に没頭したいとか、彼氏とセックスしたいとか、人生を充実させるエッセンスを忘れてはいけない。生きるってそゆことだし。
いつでも、この人楽しそうだなとか、この人超超超頭いいって思う人は、何かに没頭している人だな。
うちの大学病院の教授は学生時代、スポーツと麻雀に明け暮れ、ヘルニアになったというぶっ飛んだ経歴をお持ちである。これくらい没頭している人の方が将来的に人生をトータルでみたらコスパ最高!人生最高!で幕を下ろせるのかもしれない。
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コスパを気にせずに生活するのも本当に難しいですよね。